伊達政宗〜奥州平定〜

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1581年、相馬氏との戦いに15歳で出陣し、初陣を飾る。19歳には家督を継ぎ二本松城主の畠山義継を撃破する。領地を取り上げようとしたが、父である伊達輝宗が止めたので、五ヶ村を畠山領とした。

しかし、畠山義継は、輝宗を拉致した。その時、正宗は義継と一緒に父輝宗も殺してしまったという。

その後、畠山氏の二本松城に攻め入る。この時畠山氏に加勢してきた、佐竹氏・蘆名氏等とも戦う。数の上で圧倒的に不利であった伊達軍だが、なんとか勝利を収める。

正宗はさらに領土拡大を目指し、1588年には、現在の福島県中通りにあたる地域まで制圧した。

1589年には会津地方にまで攻め上がり、蘆名氏・佐竹氏・二階堂氏を打ち破り、150万石の大名までなった。


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